ある城跡の石垣修復工事現場で、行政が組織した「専門委員会」の委員から、何度も施行した石積の指導、指摘が入ったことがあります。出来上がった石垣の積石の表面的な傾きやその位置などを、細かく執拗とも思える指摘が入ったのです。
「積み直せ!」と言うなら施工側は検討もする。しかしその専門委員の指導は終始、曖昧な嫌味のようにも聞こえる意見であったことだ。現場で最も嫌う行為である。「積石の傾きがおかしい」と言われても、積み石だけの直しでは済まない構造体である。
さすがに、施工現場から、その「先生」に申し出を行った。
「今後、先生の言う通りに石工に施工させるので、現場で事前に指導してください」と。職人や施工会社にしてみれば、最終的に施工の責任を取るのは自分達であり、その施行の信頼性、職場の環境、何より出来上がったものの安全性に問題が生じるのは明らかであるための「申し出」だった。
学問の世界だけの生きてきた先生達が「整備専門委員会」委員に選任され、現場での指導的立場にいることが、悪影響になることがある。学問の有識者でも、施工の経験がない人達が責任有無も明らかにしないところで発言することに、その危険性さえ理解していないのである。
修復等工事に求めるもの
数年前だったと思うが、マンション新築工事で、その杭打工事での不良事故があったのを記憶しているだろうか。詳細は忘れたが、安全であるべき建物の杭打のデータの改竄が大問題になったことがあった。建設会社の謝罪会見で、元請の建設会社の幹部が下請けの杭打業者を連れて、何か一方的に下請け(杭打業者)の責任を問うような会見を開いていたのを憶えている。マスコミも一緒になって、頭を下げた杭打業者に責め寄っていたのを見て、「責任を問う」ところが全く違うことに私は呆れていた。
効効杭打工の施工不良は、下請けの杭打業者の問題であっても元請の建設会社の責任であることは明らかである。建設施工の責任を理解もしていない,負うともしない元請会社が情けない。「だから二流なんだ!」と私は叫んでいた。
元請建設会社がマンション建設のすべての責任を請け負ったはずである。例えば、杭打業者を選定したのは元請であり、なにより元請会社の総合管理の上での建設行為である。民間工事であるから許される「謝罪会見」であり、記者会見だと思った。
「謝罪会見」をするなら、元請自ら責任を明確にし、杭打業者より現場の「監督」は何をしていたのかを問うべきなのだ。現場監督(代理人)は、事前に協議や施工図の確認をチェックするのが義務だし、その誤りを気が付かないのは元請の責任である。建設業界では当たり前のことだと私は思っていた。
文化財等整備工事の問題点
歴史文化財の行政的な管轄は、教育委員会に委託されることが多く、その保存管理から活用まで教育委員会が担うことがほとんどである。国、文化庁への申請、認可等の責任も、修理、修復等事業も、全く畑違いとも思える教育委員会の文化部担当が担うことになる。整備等工事の管理も経験もない教育委員会が担うことになる。
しかし、城石垣修理等工事は純然たる土木工事である。設計書も土木仕様で作成され、工事は民間事業者への競争入札で選ばれることになる。行政には、工事の運営や管理が必要となり、専門性や経験が必要となる。
教育委員会の職員に担当できるものではない。本来は建設を担う専門部門や、せめて公園緑地化等施工や管理をしているところが担うべきであるはずである。
建設等施工は、その施工者側の現場代理人の力量がモノをいうのである。・
不思議なことに、文化財の性修復等関連工事について各地方自治体内部の建設部局は関係したくないのが本音である。文化財特有の規制や確認行為があり、事前の諮問許可が必要となることに一般の施工行為でないことに嫌がられるからだ。何より文化財の「専門検討委員会」等委員には施工現場の経験者も施工の専門家もいないことが分かっているからだ。「言葉が通じない」人達の承認を受けるのは大変なことである。
「現場代理人」表彰制度と「ブランドの時計」
「なぜ、大手ゼネコンばかり優遇されるのか、建設工事であれば、小さな建設会社でも対等に出来るところはたくさんある!」と言って批判する野党議員や評論家はたくさんいる。「談合疑惑」等建設会社の事件が発覚すると、マスコミなどで繰り広げられる議論である。実情を知らない話だ。テレビのコメンテイターは別として国会議員がこんな発言をするとは情けない!と思っている。
建設現場の専門性とは何かを知らない人たちの意見である。
一昔前まで国交省の請負工事で民間事業者(建設会社)の「現場代理人」の表彰制度があった。各地で実施される国交省発注の建設工事で受注し、優秀な施工を実施した民間建設工事事業者の「会社」ではなく、現場代理人(監督)を表彰する制度である。たまたま、私が「監督指導」した都市公園整備工事(城跡石垣修復工事)で長年現場代理人を担当した「大手建設会社」の「現場代理人」が表彰されることになった。なにしろ彼は優秀だった。事前の協議の徹底、打ち合わせ等の整理、現場管理の見事さや施工環境の維持は彼なしでは、ありえないものと思っていた。「表彰」を受けることで民間建設会社が何のメリットがあるかはわからないが、彼が「会社から金一封が出たので」と言って、有名な「ブランドの時計」を申し訳なさそうに私に差し出したのを覚えている。
私が知るうえで、「現場代理人」の育成もその罰則も持っている建設会社は「大手建設会社」のみである。良質な建設行為と構造物を造るには「現場代理人」の力量が絶対である。大手と中堅の絶対的な違いはそこにある。例え話のように言われる「きれいな現場にしかイイ物は造れない!」と。
モノづくりに当たって、協働するような仕事には、特別な能力が必要である。組織化と効果的、効率的な仕事をするための工程の組み立てとその作業のネットワークが創造理解ができることが重要である。どんなに職人が優秀でも、人員が多くても、良質な構造物はできないのである。
それは昔、城づくりの名人と言われる人が職人でなく、戦国大大名であったことと同じである。
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